2009/08/29 sat(快晴)
この夏は、かわいい車を手放して、赤い自転車を買いました。
自転車なら、僕の愛する逗子、葉山や鎌倉といった街のどこへでも行ける。
クルマと違って細い路地にだって入れるんだから、風景さえも違って見える。
この赤い自転車、逗子のヒラコサイクルで昨日買いました。
ヒラコサイクルは、姉の同級生が一家でやってる逗子郵便局近くの自転車屋さん。毎週日曜に自転車好きが集まって“朝練”をやっていたり、すっげぇ遠くから来たツーリング途中のお客さんが立ち寄ることもしばしば。「お姉ちゃんいるでしょ?」といきなり聞かれ、「ウルトラ★ドンだっけ?、姉ちゃんやってるバンド。」という具合に名乗ってもいないのに顔だけでバレる始末。はい、ドン★ウルトラです。
このヒラコサイクルと、逗子銀座通りにあるしまむらサイクルセンターとを楽器屋で例えると、しまむらサイクルセンターは同じ名前の島村楽器や石橋楽器のような全国展開していそうな雰囲気のお店で、ヒラコサイクルは高円寺や荻窪のこじんまりとした感じの、でもプロがよく出入りする雰囲気のお店。勝手な想像ですが。
朝9:00の開店と共にヒラコサイクルで自転車を購入し、午後はその自転車に乗って鎌倉材木座のRootstock事務所へ。Rootstockとは、僕が以前働いていてお世話になっていたデザインオフィス。当時はデザイナーのまさおさんとWEBデザイナーの僕の二人で働いていました。
鎌倉に事務所を構えたのは知っていましたが、訪れたのは今日が初めて。
雰囲気が変わらないのは、働いていた当時と同じ机や楽器、Macが置いてあるからだろうな。当時と同じこの椅子の座り心地だってそりゃ覚えてるさ。
一緒にごはんを食べて、僕のいま働いている会社のこと、仕事とプライベートのこと、音楽のこと、近況、いろいろ話ができてよかった。この日でた結論としては、まずは貯金しなきゃ、ってことでした(笑)
おやつを食べに、事務所から徒歩1分の鎌倉材木座の自家製天然酵母パンのお店「gama」に行きました。個性的なスタッフといい、店内の無国籍な雰囲気といい、chahatと同じにおいがする!と思ったら、案の定チラシが置いてありました。さいきん社長(柴犬)が亡くなってしまったそうで、このところずっと元気がなかったそうですが、スタッフお二人の真っ黒に焼けた肌とニッコリ笑顔が超印象的でした。

gamaのチョコレートパン、ベルギーのクッキービール
写真を撮ってから気がつきましたが、「NoPhoto」でした。ごめんなさい。
海沿い134号線を通ると、夏が終わる前に駆け込みで楽しんでいる人たちでにぎわっていました。にぎやかなのに、どこか寂しい。そんな夏の終わり。
切ない気分をどうにかしようと、ギターを取り出し口ずさむ。
うちの会社の携帯コンテンツ、コンチをやりたくて、ケータイを買おうか悩んでいるんだけど(iPhoneユーザーなのでコンチで遊べない)そうなると、音楽プレーヤーはどうしよう?という問題になります。
移動中に聞く音楽に関してはあれが聞きたい!という思いはなく、偶然は必然と割り切って考えているのでシャッフルでも問題ないかと。そう思っていたら、無性にiPod shuffleがほしくなってまいりました。
からだを動かすと、こころも弾む。
もし、こころというものに形があるとすれば、
ボールのように弾力性をもっていて、
弾んだり、しぼんだり、ふくらんだり、固くなったり、
それはまるで感情そのものを形にしたかのように
色んな形になるものなんじゃないかな。
人間てのは、身体も心も動かさないと
調子悪くなるようにできているみたいです。
生意気にも、スポーツジムに通いだしてから一週間。
毎朝一時間運動してから出社してるんですが、
日中眠くなるだろうなぁ、という想像とは裏腹に、
これまで以上にパフォーマンス発揮できてます。
なぜかっていうと、眠気や、集中を妨げる色んな誘惑に負けなくなってきたから。肉体的に負荷をかけて、辛いと感じることに慣れてくると、デスクワークなんてちょろいもの。しんどいなぁ、と思うときでももう一歩前に踏み出せるんです。自分に甘えが出てきたときでも、自分の意志で姿勢を正すことができるんです。
活力、というような意味をもつバイタリティという言葉は、
実は「勇気」という言葉に言い換えられるかもしれません。
目の前の誘惑に負けずに、信念に基づいて行動できることのできる人のことを
バイタリティあふれる人というのだろうなぁ、と僕は思うのです。
最近げんきないなぁ、と思ってる人がもしいたら、
身体を動かしてみることをオススメします。
人間のスゴさに改めて気がつくと思うから(笑)
さて、来週はこの夏最初で最後のotodamaだ。
楽しみだなー。
いつも忘れるのでメモしておこうかと。
ターミナルとかコマンドプロンプトでディレクトリに移動して、
Macの場合
rm -rf `find ./ -type d -name .svn ! -regex \.svn/. -print`
Windowsの場合
for /R %i in (.svn) do rd /Q /S “%i”
でOK!
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この記事を読んで思わず「そうそう」とうなずいた。
これまでのネットの進化は、常に電子メールとともに二人三脚だったと感じるけど、果たしてこのままの進み方で良いのだろうか?twitterやskypeなど、メールに取って代わる(コミュニケーションの程度によって使い分ける、という意味)ツールがどんどん台頭する中で、いまだにメールというツールがネット上の大半のコミュニケーションをカバーしているということに疑問を感じる。
言わずもがな、メールには「特定の相手に向けて送る」という目的が存在する。でも、たとえばTwitterはいわゆるつぶやきといわれるように、特定の誰かに対して、ではないゆるいコミュニケーションだ。Skypeは、リアルタイムでチャットできるし、メールのように「いま俺メール出したからあなたのターンですよ」みたいな時間差もない。ビデオチャットもできるし、電話に限りなく近い。
WEB業界に身を置いていると、業務におけるメールのやりとりの割合は半端なく多いし、同時に無駄な時間だな、って感じることもよくある。
現実世界のコミュニケーションって、1対1には限らないし、たまたま会話を聞いていて話題に参加する、ってことが日常的にあるのだから、もし仮に現実世界でのいろんな種類のコミュニケーションをネット上でのコミュニケーションに置き換えて考えると、メールだけではカバーしきれないはず。ちょっとした「ねぇねぇ、」みたいな話が、メールになったとたん、「いつもお世話になっております、○○です。 ××の件でご相談なのですが、」みたいなことになってくる。
本来人と人のコミュニケーションは何層ものレイヤーに分かれている、ということをみんながもっと意識すれば、その各レイヤーごとにツールを使い分ける、なんてこともでてくるかもしれない。極端なはなし、つぶやきやぼやきをいちいちメールでもらってたらしんどすぎる。
仕事の世界においてよくある、「メールしたので見ておいてください」と直接電話するなんて光景も、もしかしたらなくなるかもしれない。それもこれも、無意識の概念が生み出したもの。
無意識の概念、って怖いなと感じた。
ガーッと書きなぐった文章なので、あとで清書します(笑)